ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

夜迷言

ただいまの時刻、午前2時46分。

草木も、良い子も、学生も。

誰もが寝ている丑三つ時ー。

 

どうもこんばんは、わさびです。

なんだか眠れないので久しぶりに雑記。

 

歳を取るごとに自分の立ち位置が曖昧になっていく感覚があります。

というよりは『自分自信が乖離していく感覚』といったほうが良いでしょうか。

小さいときに満ち満ちていた生の実感か遠ざかり、どうにも居心地の悪い感覚がいつも付きまとっているような気がするのです。

まるで誰かがパラパラと日めくりカレンダーをめくっていて、その様子をただただ茫然と眺めているような感覚。そんな自分から少しだけ距離を置いて、冷ややかな目でコチラを見つめる別の自分。

彼は私を見ながら「なにやってんだ、お前」というような嘲笑を浮かべている気がするし、「そりゃそうだよな」と勝手に納得しているような気もする。

「そんな離れたところから勝手な事言ってんじゃねぇ!」と罵声を浴びせかけたい気持ちにもなりますが、彼ははたして『いつか置いてきた自分』なのか、はたまた『いつか追いつく自分』なのか。

答えは見つからず、私は居心地の悪さを抱えたまま、今日も日めくりカレンダーを見つめ続ける。彼の冷ややかな視線を、必死に意識の外に追いやって。

 

なに言ってるのか自分でも分かりませんが、深夜テンションという事で許してプリーズ。

意味なんて探さなくてもそこらへんにたくさん転がっているものです。意味の無い言葉がこんなネットの片隅にあったっていいじゃないですか。

 

というわけで、夜迷言はこれくらいで。

最後は以前即興小説で書いた短編をあげてお茶を濁したいと思います。

一応完成作品ではありますが、所詮30分クオリティなのでお手柔らかに。

これからも少しずつではありますが、完成した作品をあげるかもしれません。

次回は感想文になると思います。期待しないでください(?

それでは。

 

普通(お題:とんでもない性格)

 人並みに生きるということは難しい。
 それは僕が十数年という短い人生の中で学んだ、たった一つの真理だ。
 例えば人の善意を受け取った時。にこやかに、さわやかに「ありがとう」。人との距離感が適切に取れる人間なら、ここで握手の一つでも交わすかもしれない。
 でも、僕にはそれが理解できない。なぜ押し付けられた善意に対して感謝を述べる必要があるのか。こちらはハナっからそんな不気味なモノを受け取るつもりは無いのに。一人ぐらしのアパートに突然押し売りに来る不気味なセールスマンに、あんたらは感謝を告げるのかい?
 「ああ、ちょうど困っていたんです!それを買わせてください、ありがとう」
 冗談じゃない。僕は一人で満ち足りている。勝手なおせっかいで、僕の孤高の世界を壊すな。
 だから他人から善意をぶつけられたとき、僕の心に巻き起こるのは春爛漫といった風情の生温い感謝の気持ちでは無い。
 殺意。
 殺意。
 殺意―だ。
 「これ、落としましたよ」
 そう言いいながら、ハンカチを渡してきた女性が居た。吐き気がする。胃がむかむかして来て、腹の奥底から熱っぽい何かが唸りを上げながら駆けあがってくる。色白で、華奢な女性の首は、花を手折るくらいの気安さで折ることが出来るような気さえする。

 時間にしてコンマ1秒にも満たない刹那、僕の脳内は暴力の事で一杯になる。それはいつもポケットに忍ばせているカッターナイフのだったり、それを刺しこむ部位のことだったり、ここは人目に付くから場所を変えた方が良いかもしれないという犯行場所のことだったり。
 それが出来たらどんな反応をするだろう。この無遠慮な女は、周囲は、世間は。僕という人間をどう見るのか。
 そうして一通り考えをめぐらせた後、思考は急速に冷えていく。だってそうだろう?そんな事をしたらタダじゃ済まない。僕は異常だという事を自覚しているけれども、単純な思考回路が死んでいるような馬鹿じゃあない。
 だから精一杯、普通の人がするような行動をイメージしながら、僕はそれを忠実にエミュレートするのだ。

 「ありがとうございます」

 

ーENDー (※即興小説掲載時のものに多少の加筆、修正を加えています)

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました