ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

片隅で感想文14『宵山万華鏡』

 

前回の記事で完全燃焼したものの、灰の山から不死鳥の如く蘇りました。わさびです。

自分自身、放心状態がもう少し続くかと思ったのですが、思ったより早い更新となりました。

 ……と思ったのも束の間、まごついていたら既に前回の記事から2週間も経過していたという……(実はこの記事も10日前くらいからジワジワと書いてました)

 

そして今回読んだ作品は……

 

ついに森見作品です!

 

いつぞやの記事で崩す宣言をしておきながら、随分と長い間積みっぱなしになっていたわけですが。この度、ついに崩しました。

今回読んだのは

 

宵山万華鏡』

 

率直に言って、今までに読んだ森見作品の中でもトップクラスに面白かったです。

 

さて、前置きもそこそこに本題の方に参りましょー!

 

宵山万華鏡

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というわけで、前々から『読む読む詐欺』状態になっていた宵山万華鏡』です。

作者は森見登見彦先生。しつこいようですが念のため。

代表作は夜は短し歩けよ乙女『四畳半神話体系』有頂天家族などなど……

最近では『夜は短し~』の劇場版公開、『有頂天家族』の2期放映などが記憶に新しい、旬の作家さんです。

私が今までに読了済みの森見作品はコチラの記事にまとめてあります。参考程度に。

 

それでは、いつも通りあらすじから

 

 京の夏を彩る一大イベント祇園祭、その前夜祭『宵山』。

うだるような人々の熱気。

どこか懐かしく、幻想的な祭囃子。

提灯の明かりが照らし出す、薄ぼんやりとした夕闇。

現実感が希薄になる祭りの中で、不思議な事件が交錯する。

祭りに迷い込んでしまった姉妹。

宵山のご法度に触れてしまった青年。

繰り返す宵山に捉えられてしまった画廊主。

さながら万華鏡を覗いているかのように。

景色は流転し、『宵山』は様々な表情を魅せる。

 

 

 という感じ。

主人公達が宵山を舞台に繰り広げる不思議な事件を描いた短編集です。

 

それぞれの物語は繋がっている部分もあるので群像劇的な趣が強い印象。

読んだ感想ですが、

 

 「森見作品のエッセンスが全て味わえる作品!!」

 

この一言に尽きると思います。

 

物語の温度変化

本作を読んでいて一番「やられた!」と思ったのが、物語の温度変化です。

温度……というとなんだか分かりにくい気もしますが、それ以上にふさわしい言葉が見つかりません!すいません!!(雰囲気?とでも言えばいいのか)

 

一つ目の短編『宵山姉妹』を読んだ時の第一印象は、『きつねのはなし』だとか『夜行』読んだ時のものと近いものでした。

なんというか、

 

日の当たらない竹林の中でひんやりとした空気に身を浸しているような感触。

そして竹林の奥底に目を凝らすと、正体不明のナニかがそこで蠢いているような……

 

……上手い例え方が出来ないのが歯痒いのですが、『非日常の中に潜む不気味さ』を感じる作品だ、というのが第一印象でした。

 

さて、そうなると少しばかり読む姿勢を改めなければなりません。

なぜなら『夜は短し~』や『有頂天家族』のように、気軽に読み進めるタイプの作品ではないからです。物語の奥底に潜む『不気味なナニか』、そのディテールを出来る限り掴むため、私は必死に目を凝らさなければなりません。

 

知らず、万年床から起き上がり、椅子に座って居住まいを正す自分がいました。

 

そうして脳裏に浮かび上がる『京都在住の残念大学生像』をかき消し終え、次の短編宵山金魚』を読み進めていくと、そこに広がっていたのはー

 

 

 

なんと、軽快な森見ワールドだったのです!!

 

 

 

そう

 

 

軽快な森見ワールドが広がっていたのです!(大事な事なので2回ry)

 

 

いや、もう完全に意表を突かれました。

夜中に台所から不気味な物音がすることに気が付き、恐る恐る様子を見に行ってみたら家族が小腹を満たすために冷蔵庫を物色していただけだった。というくらい拍子抜け。(どんな例えだ)

 

 気が付けばあれだけピシッと座っていた姿勢は面影もなく、万年床に戻ってごろ寝しながら読んでいる始末。

 

「さっきの短編は悪い夢だったのではないだろうか?」と思えるほどに雰囲気がガラリと変わっていたのです。

不気味な雰囲気を纏っていた宵山姉妹』から一変したその作風から、この短編集をどのようなスタンスで読めば良いのか考えあぐねていると、次の短編が始まります。

その名も宵山劇場』。そこに広がっていたのはー

 

 

 

またもや軽快な森見ワールドでした!!

 

 

そうです!

 

 

軽快な(しつこいですねw

 

 

ここでようやく私は確信しました。

 

「一つ目の短編は、やはり悪い夢だったのだ……!」と。

 

宵山姉妹』は言うなれば、だらけきった態度で森見ワールドを堪能しようとしている私のような厚顔無恥な読者に対する牽制。軽いジャブ。

「俺の作品をあんまり舐めてかかると承知しねぇぞ?」

という森見先生からのメッセージだったのかもしれないな……と。

 

しかし、そうと分かってしまえばこちらのもの。もう恐れることなどありません。

私はすっかり安心モード。

みっともなく万年床に横たわり、ぼりぼりと腹を掻くわ、鼻クソをほじるわ……

というのは冗談ですが。冗談ですよ?(汚くてスイマセン)

 

すっかり油断しきっていた私は失念していたのです。

 

ジャブはあくまで牽制であり、ストレートを確実に打ち込むための布石に過ぎないのだという事を……

 

そうして迎えた4つ目の短編、宵山回廊』

 

いざ蓋を開けてみれば、飛び出して来たのは強烈なストレート。

予想の範疇外から正確無比に繰り出されたソレは、完全に油断しガードを下げていた私の顎に突き刺さりました。 

またもや雰囲気がガラリと変わり、祭の中に潜む『不気味なナニか』が顔をのぞかせてきたのです。

 

……もうなにがなにやら、言いたいことが分からなくなってきた感じがありますが。

とにかく、最初から最後まで森見先生の手の平の上で転がされているような感覚が付きまとう作品だったように思います。

 

「こんなことも出来るよ、ほらこんなことも……!」

 

そんな森見先生の声が聞こえてきそうなほど、あらゆるアプローチで描きだされる『宵山』という祭りの混沌。

 

『緩急の付け方が非常に巧い』

 

それ以上の言葉が出てこない。

 

ここまでに紹介した『宵山姉妹』、『宵山金魚』、『宵山劇場』、『宵山回廊』のほかに、あと2篇宵山迷宮』宵山万華鏡』がありますが、それらの短編がどんな温度の物語なのかはここでは語りません。

是非とも、自らの感性で体感してみてください。

 

ちなみに、私が一番好きなのは『宵山劇場』です。読んでいただければ「あっ、こいつ森見作品の中ではアレが好きなんだろうな」というのが分かるかもしれません(笑)

 

森見作品のエッセンス?

さて、私は感想文冒頭で「森見作品のエッセンスが全て味わえる!」なんてことを言いましたが、それに関してもう少し具体的に。

 

これはあくまで私個人の感覚ですが、基本的に森見作品の持ち味は三つ。

 

一つ目は『残念な登場人物』

二つ目は『日常に潜む非日常』

三つ目は『淡い恋模様』

 

……これだけ書くとなんだかライトノベルっぽい雰囲気がありますね。

「森見作品はライトノベルだ!」なんて言葉を時折耳にするのですが、それはここらへんに起因しているのかもしれません。

まあ、ライトノベルの定義論争ほど不毛なモノも無いので、本題に戻ります。(以前も書いたかもしれませんが「所詮レーベルの違いでしかない」というのが私の見解)

 

 

三つの要素がどのように組み合わさり物語を創っているのか、いくつか例を挙げてみましょう。

 

『残念な登場人物』+『淡い恋模様』=『恋文の技術』

そこにちょっとした怪奇要素(『日常の陰に潜む非日常』)を加えると、『夜は短し~』

そこから恋愛要素を薄め、怪奇要素を強めると有頂天家族

さらに怪奇要素をシリアスに煮詰めていくと『きつねのはなし』

 

ざっくりとした所感ではありますが、三つの要素の組み合わせ、その濃度の変化によって各作品のストーリーが成立しているのがなんとなく分かっていただけるかと思います。

ただ単に「三つの要素を味わいたい!」というなら、私は間違いなく『夜は短し~』だとか『四畳半~』を推すでしょう。分かりやすいですし、明るい話なので取っ付きやすい。

しかし、『森見作品のエッセンスを全て味わいたい!』というのであれば、その二作品では絶対に味わうことが出来ないのが『きつねのはなし』だとか『夜行』といった森見作品が持ち合わせるダークな雰囲気。

 

そんな『明るくポップな森見作品』『暗くシリアスな森見作品』という二律背反を、短編集という形式に落とし込むことで1つの作品としているのが、この宵山万華鏡』なのです。

 

断言します。

 

この作品には森見作品のエッセンスが全て詰まっている

 

私のようなド素人がこんな強い言葉を使って良いものか、些か疑問ではありますが(弱気)。それほどまでに、この作品の中には私が今まで読んだ森見作品から受け取ってきた感情の全てが詰まっていました。

もちろんそれだけ多くの要素が詰まっているわけですから、各要素の密度の高さは他作品に軍配が上がります。

しかし、一冊の中にぎゅっと凝縮された森見作品のエッセンスがキラキラと輝き、まさに万華鏡の如くころころと表情を変化させていく様は、その密度の低さを補って余りあるほどの魅力で溢れているのです。

 

 

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えー、今回の記事は久しぶりに難産でした(笑)

10日間近く「ああでもない、こうでもない」と頭を捻り続けていたような気がします。

体感では虐殺器官の記事と同じくらい悩んだ……かも。

 

「その割に大したこと書いてねぇじゃねぇか!!」とか言わない。いいね?

 

今現在、自分で読み直して頭を抱えている最中です。辛い。

まあ、チマチマ直す気力も無いので上げちゃいますが……。

ちなみに、ここを読んでいるということはこれを最後まで読んだって事ですよね?

 

読みにくくてスイマセン!Orz

 

最後まで読んで下さった方には、この場を借りて謝罪させていただきます。(途中でブラウザバックした奴は知らん!)

文体もフラフラしてるし、言いたいことも右往左往してるし……うぅ……。

 

とまあ、懺悔もコレくらいに。

今回読んだ宵山万華鏡』、オススメです。

『夜は短し~』、『有頂天家族』、『四畳半~』などの有名どころから、もう少し深い森見ワールドに踏み込みたいという方にはもっとオススメ

明るくほんわかしているだけが森見作品では無いということを体感できると思います。

あと、『夜は短し~』や『夜行』を読んだ方なら思わずニヤリとしてしまう要素が出てきます。物語に直接的なつながりがあるわけではありませんが、お楽しみ要素として一つ。(まさかあの登場人物が……

 

しかし、くれぐれも深入りしすぎないように。

あなたも『宵山』に、『鞍馬』に、『夜行』の世界に囚われてしまうかもしれませんから……

 

それでは、今回はこのあたりで。

実は森見作品はもう一冊太陽の塔も積んでいるので、次はそれを崩すかも。

予定は未定!次回も気ままに更新します!

 

―最後まで読んでいただき、ありがとうございました!ー

 

@ぶんしょううまくなりたい わさび