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ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

片隅で感想文07:『メタルギア・ソリッド4』

片隅で感想文 小説

こんにちは。

個体データ100%になったのも束の間、ポッド強化マラソンに勤しむわさびです。

 

なんとなく、原盤マラソンで小ロンドを駆け巡ったあの頃を思い出しながら、

「ああ、進歩してねぇなぁ~!」

と痛感している最中です。

某魔術師殺しの「人類の本質は石器時代から一歩たりとも進歩しちゃいない!」という言葉も納得!!(テキトー

 

全部の要素を埋めて、すぐに恩返しに行くからな!待ってろ!(エ〇ワード的なノリ)

 

……さて、今回は小説作品の感想文になります。

 

タイトルを見ただけでは「え、それゲームだろ?」と思われるかもしれませんが、実は今作はノベライズされており、今回はそちらの感想文になります。

 

ちなみに、私自身メタルギアシリーズ作品はそこそこプレイ済みです

↓プレイ済み作品↓

MGS1、MGS2、MGS2SS、MGS3、MGS3SS、MGS4、MGS5GZ、MGS5、MGSPO、MGSPW(途中まで)、MGA2、MGR

メタルギア1、2はMGS3SSに同梱されていたのですが未プレイ。

 

なのでシリーズプレイヤーとしての視点からも今作を見ていきたいと思います。

 

では、さっそく本題!

 

片隅で感想文07『メタルギアソリッド4

 f:id:wasabiwasabi:20170309165332j:image

正しいタイトルはメタルギア ソリッド ガンズオブ ザ パトリオット

表記上の関係から記事タイトルを『メタルギアソリッド4』としています。

本作は以前の記事でも取り上げた虐殺器官の著者、伊藤計劃氏が短い作家人生の中で書き上げた長編3作品のうちの1つです。(虐殺器官メタルギア・ソリッド4、ハーモニー。屍者の帝国の冒頭部を執筆し逝去。)

氏はMGSシリーズの生みの親である小島秀夫監督の20年来のファンであり、自らを「小島原理主義者」と呼称するほどの傾倒ぶりでした。

98年の東京ゲームショウからお二人の交流は始まり(といっても、当初は小島監督のポリシーから、伊藤氏から小島監督への一方通行的な交流だったそうですが)、その縁もあって今回のノベライズへと繋がったそうです。

 

……これを聞いただけで「絶対におかしなノベライズにはならない」という安心感が湧いてくるのは私だけでしょうか。

それだけ熱心なファンが物語る『メタルギア』という物語が、別物へと変化していることなど到底ありえないだろうという安心感。

そして、ある意味では盲信的とも言えるこの安心感が間違いでなかったことを、本作を読み終えた私は知っています。

 

前置きが長くなりました。

いつも通り、まずはあらすじから。

 

暗号名、ソリッド・スネーク

数多の作戦で核搭載二足歩行兵器メタルギアを破壊し、

世界を救い続けてきた伝説の男。

ある男のクローン体である彼の肉体は、度重なる戦いの中で摩耗し、

急激な老化現象に苛まれていた。

そんな中、彼の元にとある知らせが届く。

兄弟であり、宿敵でもあるリキッドの武装蜂起ー

自らの因縁にケリをつけるため、そしてその呪われた血脈を絶つために。

ナノマシンとネットワークに徹底管理され、単なる経済活動と化した戦場へ

スネークは最後の任務ーリキッドの暗殺ーに赴く。

 

本作のジャンルは「近未来SFミリタリー」とでも言えば良いでしょうか。

メタルギアと呼ばれる核兵器搭載が可能な二足歩行戦車の技術開発によるパラダイムシフトによって、核兵器の脅威がより顕著になった世界を舞台にしています。

また、メタルギアに関する技術はもちろんの事、現実世界と比較して技術水準が高い世界観になっており、そういった設定がゲーム内で活かされている部分も多々あります。(敵から発見されなくなる光学式のステルス迷彩など、シリーズ恒例の『お遊び要素』にも色濃く反映されている)

本作ではナノマシン技術それを統御するネットワーク技術の発展PMC(Private Military Company、俗にいう民間軍事会社の台頭によって戦争という行為が徹底管理され、純粋な経済活動に成り果てています。それはすなわち戦場で戦う人々からイデオロギー、信仰心、愛国心(これはある意味信仰といっても良いかもしれませんが)といったモノが消失したことを意味します。

 ゲーム冒頭でスネークは

「戦争は変わった」

という一言を発しますが、この一言の中には変化に付いていけない自らの老いへの嘆きと、「戦い」というプリミティブな行為から個々人の主体性が失われたことに対する嘆きが込められているような気がしてなりません。

さて、本作ではこのナノマシン制御ネットワーク『Sons Of the Patriot(愛国者の息子たち)』通称SOPが物語の重要なファクターを担います。

このSOPは兵士たちの体内に注入されたナノマシン群であり、ID管理された銃の認証、兵士間の情報共有、兵士の感情抑制など、戦場での役割は多岐に渡ります。それにしても、愛国心を持たない兵士が『愛国者の息子たち』とは、なんとも皮肉なものです。

この中でも、兵士の感情抑制に関して言えば虐殺器官でも描かれていた要素です。もっとも、あちらの感情マスキングは心理学的なセラピーによって行われるモノですが。

こういった未来観が相似している部分からも、小島監督伊藤計劃氏は同様の『未来の戦場』を見据えていることが伺えます。

2つの作品で違う部分があるとすれば、MGS4テクノロジーによるアプローチで人を制御するのに対して、虐殺器官では人間に元来備わったモジュールによって制御する、という部分でしょうか。

伊藤計劃氏は『エクストラポレーション礼賛』と題したコラムをMETAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTYの限定版ブックレットに寄稿しているのですが(こちらに原文が掲載されています)、このコラムの言葉をお借りするならば、お二人は

「未来の戦場はどうなる?」

という仮定に対して

「兵士たちの感情制御が必須となる」

という同じ第二の過程を導き出したわけです。

しかし、その次に生まれる第三の仮定が決定的に違った。「そうか、そうだったのか~!」という目からウロコの部分が違ったのです。

こういった部分からも、世界思考の源流を小島監督から受け取り、そこから枝分かれした流れとして確立した『伊藤計劃』という作家の存在を感じます。

 

話がずれましたね。

 

作品そのものの感想に戻りましょう。

端的に言って、本作は素晴らしいノベライズ作品です

当然といえば当然なのかもしれません。前述の通り、伊藤計劃氏は小島監督から枝分かれした支流(と書くとなんだか語弊がある気がしますが)なのですから。

もちろん、源流から分かれた支流は独自の流れ、方向性を作ることもあるでしょう。

しかし、その中を流れる思想、ミームは源流と同じものです。伊藤計劃氏はそれを自覚していた。だからこそ、メタルギアという作品の本質を外すことなく描ききることが出来たのだと思います。

 

……私はこれと逆の経過を辿っている作品を知っています。

源流から分かれたのではなく、源流に数多の支流が流れ込むことで大きな本流となった作品を。

今と比べれば決して大きくは無かった、しかし、それでいて他の流れには無い魅力に満ち溢れていた力強い源流。

次第に源流は別の川と合流し、徐々に大きくなっていきました。

しかし、他の川と合流する中で様々な要素が混ざり合い、かつて源流に満ち満ちていたはずの魅力を、私は見つけ出すことが出来なくなってしまいました。

もちろん、これを単純な良し悪しで語ることは出来ないと思います。

あくまで『私が』今の大きくなった本流から魅力を探し出すことが出来なくなっただけの話なのです。あえて良し悪しで語るならば『私にとっては悪い出来事だった』というだけのことなのでしょう。

多くの要素が混ざり合ったということは、それだけ多くの人を引き付ける魅力を備えたということでもあります。だから、きっと作品そのものにとっては大きな流れになるのは福音に違いない。

ですが、その流れから取り残されたと感じた時、私の胸をどうしようもない物悲しさが満たすのです。

 

……また話が逸れてしまいましたね。

話の腰を折ってしまい申し訳ありません。

 

先程、私は伊藤計劃氏はメタルギアの本質を外すことなく描ききったと言いましたが、それだけではありません。氏はどこまでも『真摯なファン』でした。

それがノベライズであれ、書き手になるということはその作品世界において神になること同義です。傲慢に言ってしまえば、物語を自らの手の平の上で転がすことが出来る存在。自らの源流となっている作品、それを意のままに出来るという優越感は計り知れない魅力に満ち溢れています。物語の中で自分を誇示することも、登場人物を自分の代弁者に仕立て上げることも全てが思いのまま。しかし、氏は徹底的なまでにこの『自分』を殺したノベライズを手がけました。

本作のあとがきで自身がおっしゃっているように、伊藤氏は「物語とは誰かの語り口で語られるべきもの」と考えています。物語は誰かの主観で語られるべきであって、第三者(神=作者とでもしておきましょうか)による無機質な俯瞰によって描かれるべきではない。その考えに則った結果、氏は登場人物であるスネークの親友であり戦友でもあるオタコンの主観で物語を語るという手法を選びます。

これはすなわち、オタコンになりきる必要があるということを意味します。

何故なら、オタコンの主観に一片でも伊藤計劃を感じさせる要素を入れ込んでしまえば、それはすでにオタコンではなく、伊藤計劃自身の視点にすり替わってしまうからです。それは氏が苦手とする第三者による物語の俯瞰に他ならない

一体、どれだけ大変な作業だったのでしょう。徹底的なまでに自らを殺したうえで、オタコンという登場人物をトレースし、エミュレートする。さながら作中で〇〇〇〇になりきった〇〇〇〇のように、作家として死に等しい決断

氏は完璧なまでにそれをやり遂げました。本作を読んでいる中で、物語の背景に伊藤計劃』そのものを感じる事はほぼ無かったと言って良いでしょう。自らの傲慢で世界を壊すことを是とせず、ノベライズと言う形式においても小島監督メタルギア』を守り続けた。それほどまでに氏はこのメタルギアという作品を、世界を愛していた

小島監督がザ・ボスであり、全ての始まりゼロであるならば、伊藤計劃氏はオセロットであり、オタコンそのものだったのだと私は思います。

 

ーかつて、これほどまでに恵まれたノベライズ作品があったでしょうか。

少なくとも、私はこれ以上の『ノベライズ』に出会ったことがありません。

およそ500ページという、一般小説としては多くてもメタルギアの世界観を語るにはあまりに少ないページ数の中に濃縮されたメタルギアサーガのエッセンス

映像と言葉で表現せざるをえないゲームでは表現しにくい登場人物の内面描写

どれも伊藤計劃氏が『真摯で熱狂的なファン』だったからこそ可能だった奇跡の数々。

それを受け取り、感動を得ることが出来る私たち読者はどれだけ幸運なのだろうか

 

いつも通りと言えばいつも通りなのですが、作品の内容、その詳細についてはあえてここでは触れません。

何故なら、それは『あなた』が『彼』から受け取るべき物語であり、私が語るべきものではないからです。(決して詳細を書くのがめんどくさいからじゃないゾ!)

 

これはとある伝説の終わりを告げる物語。

生まれながらにして宿命を背負った男の結末。

伝説の語り部となった『彼』はその果てに何を想うのかー。

 

メタルギアシリーズに触れたことが無い人でも、メタルギアの世界を堪能できる一冊になっていると思います。オススメ!

 

ー最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ー

 

@MGR、MGS4をプレイし直そうかな~と思いつつ、わさび