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ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

片隅で感想文03:『虐殺器官』

こんにちは。

本日もくーねるわさびです。

 

さて、前回の記事でも触れましたが

ついに『Project Itoh』の最終作となる虐殺器官が劇場公開されました。

私もようやく劇場に足を運ぶことができましたので、感想文をしたためてみたいと思います!

 

なお、映画鑑賞前に原作を復習することが出来ましたので、原作と劇場版の差異についても少し言及したいと思います。

(*注、本項ではネタバレが含まれているため、鑑賞後の閲覧を推奨します。)

 

 

……準備はよろしいでしょうか?

それでは本題です。ゴッドスピード<神のご加護を>

 

虐殺器官著:伊藤計劃

 

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↑パンフレットも買っちゃったぜ

 

伊藤計劃氏の作品は今までに

『harmony/』(小説&劇場版)

屍者の帝国(小説&劇場版)

The Indifference Engine 伊藤計劃短編集』

を読了、鑑賞済みです。

屍者の帝国原作に関しては以前100ページ程度読んだのですが、円城塔氏の文章が私には合わず、積ん読状態になっています……。(いつか読まねば

 

では、いつも通りあらすじから……

 

舞台は近未来。9.11以降散発するテロリズムの脅威に対抗するため、

先進諸国は徹底された管理体制へと移行していた。

米軍の特殊部隊、情報軍特殊検索群i分遣隊に所属する主人公クラヴィス・シェパード。

彼らに与えられた任務は『紛争地帯への潜入と要人の暗殺』だった。

幾度となく戦場へと身を投じる中、

ラヴィスは紛争地帯を渡り歩く1人のアメリカ人の存在を知る。

訪れた先で虐殺を巻き起こす謎の男。虐殺の王、ジョン・ポール。

一体ジョンはどのようにして虐殺の引金を引くのか。その目的はなんなのか。

そして、虐殺の器官とは。

『虐殺の王』の影を追い、クラヴィスチェコの首都プラハへと向かうー。

 

本作のジャンルは端的に言ってしまえば『近未来SF』になるのでしょうか。

もちろんその一言だけで片付けてしまうのは些か心苦しいものがあります。

濃密なミリタリー描写はさることながら、『虐殺器官』という謎を究明していくミステリ性現代社会に対する冷徹なまでの客観。凡百の言葉を連ねたところで、今作の魅力を正確に伝えることは難しいでしょう。

 

原作と劇場版の相違点

前述の通り、本作は非常に見所の多い作品です。

劇場版鑑賞前から「これだけの要素を約2時間の尺に詰め込むのは難しいだろうなぁ……」と思ってはいたのですが、やはり映画化するにあたって所々マイナーチェンジされている部分がありました。

あくまで私が気付いた範囲になるのですが、原作と劇場版の相違点について書いてみたいと思います。

 
・冒頭の侵入鞘(イントルード・ポッド)射出シーンのカット

後半にも侵入鞘による出撃シーンがあり、そちらの方がアクションシーンとしても映えそうだったので個人的には削られるシーンの最有力候補でした。案の定削られていましたね。

ミリタリ好き、メカ好きの人は冒頭のこのシーンで一気に心を鷲掴みにされること間違いなしなのですが、ここら辺は仕方がなのかなぁ……と。

 
・モノローグの補足

本作は主人公クラヴィスの主観で物語が展開していくのですが、その性質上ストーリーで重要な要素がクラヴィスのモノローグの中で語られることも少なくありません。

モノローグは映像化するにあたって難しい要素の一つだと思うのですが、本作は巧い事それを映像に落とし込んでいたという印象です。

例えば冒頭部分、最初の任務遂行シーンですが、実は原作だと作戦司令部の描写は一切ありません。劇場版ではこの作戦司令部の描写を挟むことで作戦の背景(例えば大統領行政例一二三三三号:要人暗殺の禁止令など)の説明が為されていました。

また、同シーンでクラヴィスは作戦司令部に対して文章による現状報告をしますが(この時のマウスピースで文字を打ち込むシステムが格好良かった)、敵地で流れる『月光』の旋律を聴いたクラヴィスは、詩的な文面(原作ではモノローグとして描かれている)でその様子を作戦司令部へと伝えます。作戦と不釣り合いなほど洒落た文面をみた司令部の人々は「文学部君が……」という言葉とともに彼を鼻で笑うのですが、このシーンを差し込むことによって『クラヴィスには文学的な教養がある』という説明を行い、以降の言葉にまつわるやりとりに対して説得力を持たせています。

劇場版ではこういったモノローグに対する補足が随所にみられ、原作の雰囲気・流れをを極力再現しようという製作陣の気概を感じました。

 
・クラヴィスが抱える『地獄』の描写を全面カット

今回の映画化で最も評価が分かれる部分がこれではないでしょうか。私自身、ここを削ることは絶対に不可能だと考えていました。

劇中冒頭、クラヴィスの同僚アレックスは自らの頭を指差し「地獄はここにある」という言葉を残します。

無神論者であるクラヴィスをはじめ、同僚たちはその言葉について深く触れません。

しかし、実はクラヴィス自身がこの自らの脳内に広がる『地獄』に苦しめられており、それが今作を語る上で大切なポイントになっています。

そしてクラヴィスがこの地獄を抱えるキッカケになったのが母親の死、なのですが……劇場版はこれも全面カット

これらの描写を削ったおかげで展開が違う場面が多々ありました。

例えばアレックスの死因。劇中でアレックスは錯乱し、ラヴィスの手で射殺されてしまいます。

しかし、原作ではアレックスは自らの『地獄』と向き合い続けた結果、自殺という手段での贖罪を選びます。

この自らの罪に対する向き合い方と償いはクラヴィスへの問題提起となり、後々までクラヴィスの中にしこりを残すことになるわけですが、劇場版ではあまりにアッサリとアレックスが死んでしまうために彼の発言自体の重みも無く、あたかもモブキャラのようなぞんざいな扱いになっていました。

次にラヴィスのルツィアへの執着心。これは劇場版が初見だという方も少し違和感を感じた部分かもしれません。

簡潔に言って仕舞えば、ラヴィスがルツィアに惹かれる描写が余りにも乏しすぎる

原作において、クラヴィスがルツィアに惹かれた一番の理由は『お互いに死者に対する赦される事のない罪を持っている』からであって、決して話が合うからだとか、美人だから(ちなみにルツィアはあまり美人ではない設定)という表面的な理由だけではありません

同じ境遇にあるからこそ、ルツィアならば自分の罪を理解し、赦し、罰してくれる。クラヴィスはある種の救いを求めるからこそルツィアへの執着心を高め、それがいつしか作戦の目的にすり替わっていくわけです。

しかし、劇場版ではクラヴィスが抱える『地獄』の描写をカットしたために、このクラヴィスの執着心に対する説明不足が否めません。

そして説明不足ゆえに後半の作戦シーンでクラヴィスがルツィアを重要視することに違和感を感じてしまう。

原作でカフカの墓案内を申し出るのはクラヴィスなのですが、劇場版ではルツィアのほうから誘う形になっていたのもこの辺りの改変の余波なのかもしれません。(ルツィア側がクラヴィスに惹かれているという描写を入れたかったための改変に思えた)

クライマックスのセリフに関しても、少なくとも私は違和感を覚えました

その言葉を使うには、あまりにもラヴィスの心理描写が不足しすぎている。

……否定的なことも沢山書きましたが、私はこのシナリオカットは英断だったように思います。

もちろん「この劇場版をみて『虐殺器官』の本質を味わうことが出来るか」と聞かれれば私は当然「いいえ」と答えます。

 しかし、この『虐殺器官』という作品の本質に触れる部分を避け、エンターテインメントとしての側面を強めた劇場版の『虐殺器官』はカッコいいSFミリタリー作品としての魅力を十分に引き出すことに成功しているように思います。

パンフレットにて村瀬監督がおっしゃっているように、究極的な本質の部分は伊藤計劃氏しか知りえません。ならばこそ、本質を楽しみたい人は伊藤計劃氏の書き上げた文章から直接受け取り、その内容を咀嚼するべきなのでしょう。

 
・インド・パキスタン国境任務シーンの改変

原作ではインド側にあるベースキャンプのシーンがあるのですが、劇場版ではフライングシーウィードからの出撃シーンから始まっていました。ここらへんも尺の都合でやむなしと言ったところでしょうか。

ちなみに劇場版ではターゲットを回収した直後、回収機が敵部隊のヘリに撃墜されて敵部隊との交戦になりますが、原作では回収完了後の護送列車が襲撃されて交戦状態に突入するかたちになっています。

他にも細かい差異はありますが、大きな違いはこの辺りでしょうか。

そういえば、なぜルツィアのファミリーネームがシュクロウプからシュクロウポヴァに変わっていたんでしょうね……

 

感想

感想、なんですが……

これが非常に難しい!

前述の通り、この作品は語りつくせないほどのあらゆる魅力であふれています。

軍事サスペンス作品としての側面もあれば、クラヴィスという人間の葛藤を描いた文学作品でもある。

圧倒的なリアリティで構成された未来像は現代社会への風刺の意味合いも強く、読後にはどこか居心地の悪さすら感じます。

この作品を創り上げる中で、伊藤計劃氏は一体何を想っていたのでしょうか。

作中でジョン・ポールは『言語』という器官を用いることで『人間の良心』をマスキングし、虐殺を引き起こします。

この『良心』に始まり、氏が追求したかったのは『人間というハードウェア』そのディテールなのではないかと思えてなりません。

作中でこの『良心』は生物学的なアプローチから、進化の産物であるという事が示唆されます。ロジカルな視点から語られる人間の『良心』。そこには宗教的な高尚さも、精神論的な胡散臭さもありません。人間というハードウェアに備わる『良心』という確固たるモジュールの存在、その証明こそが今作を書きあげた目的の一つなのだと思います。(そしてモジュールに過ぎないからこそ、良心はその機能をたやすく停止してしまうわけですが)

虐殺器官』で『良心』というモジュールの存在を証明した氏は次作『harmony/』にて息苦しいまでの優しさで満ち溢れた社会を描き、『良心』よりももう少しだけマクロな『意識』というシステムと向き合うことになるのですが、その姿勢は変わらず、徹底的なまでの論理的思考によってそのメカニズムを解剖しています。

病床に伏していた氏だからこそ、医学だけでは解明できない人間のディテールに思いを馳せていたのかもしれません。

 

少しばかり話が逸れました。

 

作品自体の感想に戻りますが、実は劇場版『虐殺器官』でどうしてもしっくりこない描写が一つだけあります。

それはクラヴィスとジョンの会話シーンでジョンの言葉が即効性の魔法のように描写されている点です。原作でもジョンの言葉にあそこまでの強制力はありません。

彼が発見した虐殺の文法によって励起される虐殺のモジュールは、あくまで社会的にその機能を発揮するモジュールであって、個々人のレベルで発現するモノではないという事は文中でも説明されています。

それが劇場版では意味ありげな指パッチンと共にラヴィスの意識を奪ったりします……お前はどこぞの封印指定の絶対言語使いか。

 

それ以外は前述の通り、映像化に伴う内容の簡略化は為されていたものの素晴らしい映像化だったと思います。

 

さてさて……無い知恵を絞りつつここまで書きあげてきましたが、

お察しの通りそれも限界を迎えようとしています

とにかく私のチープな言葉で語るには、この作品はあまりに繊細で緻密過ぎます。

小難しい言葉を繰るのはもうやめましょう。

 

是非とも読むべき一冊です。

 

これほどまでに優れた物語と出会えたことに感謝を。

この読書体験は間違いなく人生に一石を投じるものになります。

素晴らしい作品です。超絶オススメ。

 

 

 

尻すぼみになった感が否めませんが、

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

@知恵の絞りかすと化したわさび