ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

たまには日記っぽいものを

こんにちわ!

前回の記事を投稿したところ、当ブログへのアクセス数が6倍になって驚愕している

わさびです。

 

まさかそんなに増えるとは思っていなかったので私自身驚愕しております。

今までは私のTwitterアカウントのプロフィール欄にひっそりと設置され、正体不明の腐臭を放っているリンクからのアクセスがほとんど(90%近く)だったのですが、YahooやらGoogleからのアクセスが増えていましたね。

発売されたばかりのライトノベルだったこともあり、検索され易かったのかもしれません。

それだけ閲覧者も増えたわけですから、より一層記事の更新にも気合が入ります

 

ま、このブログの一日当たりのアクセス数は多い日で2回なんですけどね!(大体0回

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

6倍って書くとめっちゃ増えたように見えていいね!

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ーこんなブログを覗いてくださってありがとうございますー

 

 

日記的な???

今回の記事ですが、おわかり頂けますように

『片隅で感想文』のコーナーではありません。

ちょっとした日記のようなモノですので、ご了承ください。

少しずつですが、今回のように『片隅で感想文』以外の記事も書いてブログ内のコンテンツを充実させていきたいと考えています。

読んで下さる方がほんの僅かでも暇つぶし出来るようなブログになれば幸いです。

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さて、本日は2/26。

今年もあっという間に二か月が経過。

これを6倍(ここでもか!)すれば一年になってしまうのだから、一年のなんと短いことか。

2月も末となれば、いよいよをもって春の訪れを身近に感じます。

春のそろりそろりとした足音に目を覚ましたのか、そこかしこでオオイヌノフグリが可愛らしい小さな青い花を咲かせているのが印象的です。

しかし、暖かくなると目を覚ますのは野山だけではありません。

私の中でも、雪解けを待っていたとある衝動がふつふつと目覚め始めます……。

 

そう、バイクです。

 

というわけで……

今日は特別暖かかったこともあり、本年初乗りをキメてきました!

一応冬季用のウェアも揃えているのですが、雪、路面凍結などの事を考えると、どうしてもバイクから離れがちになってしまうんですよね……。

久しぶりの火入れに、心なしかR25喜びに打ち震えているような気がします。

(意訳:5000rpmあたりの振動こんなに強かったっけ……)

この5000~7000rpmあたりの強烈な振動がR25の持ち味なのですが、この振動が原因で走行距離が50,000kmを越えたあたりでクランクシャフトにガタがくるという噂を聴いてビクビクしてます……。(3回目のリコールはやめちくり~)

この時期、流石に峠越えを敢行する勇気、もとい蛮勇は持ち合わせていないのでお決まりの書店徘徊。

1、久しぶり過ぎてバッグを忘れる

2、商品買っちゃう

3、持ち帰り方法に困る

といったアクシデントを乗り越え、久しぶりの街乗りを楽しんできました。

戦利品はこちら!

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バイオーグ・トリニティ11巻

ヤマノススメ13巻

・ほま高登山部ダイアリー

・amazarashi『命にふさわしい』

ほま高登山部ダイアリーは既に読了済みなので、近々『片隅で感想文』で取り上げたいと思います。一言だけ言わせていただくと、とても面白かったです。

他の3つに関しても、どれも『片隅で感想文』で取り上げていないジャンルなので是非とも書いてみたいですね。

 あまり内容を濃く出来ないかもしれませんが、積極的に記事を書いていきたいと思いますので、思い出した時にちょろっと覗いていただければ記事になっている……かも?

 

……うまい締め言葉も思い浮かばないので、本日はこのあたりで(笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

@amazarashi『命にふさわしい』を聴きながら わさび

 

 

 

 

 

片隅で感想文04:『リンドウにさよならを』

こんにちは。

前回の記事で見事に燃え尽きてしまったわさびです。

やはり出来のいい作品に触れると、気合を入れた記事にしたくなってしまいますね。(内容が伴ったかどうかは甚だ疑問ですが

 

考え過ぎて沸騰しそうになる頭をうんうんと唸らせながら、なんとか記事の体裁を取ることは出来た(ように思う)のですが……。

 

如何せん疲れました!

 

それというのも、こうして記事を書くようになってから少しずつではあるのですが自分の本の読み方が変わってきたからです。

まあ、いざ「具体的にどう変わったのか!」と聞かれると多少困惑してしまうのですが、以前よりも真摯な姿勢で物語と向き合うようになってきたのかなぁ……と自分では感じています。

Twitterでボソボソと呟く程度であれば気軽に出来ますが、記事にするとなるとそれなりに熱量も使いますし……。

要するに、私の中で読書という行為に消費するエネルギーが増大したわけです。

しかし、体は正直なものでして、疲労することが目に見えているにもかかわらずひたすらに物語の摂取を求めます。

読書は疲れる、しかし物語を摂取したい……。

ではどうするか!?

 

 

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……はい。

 

 

と、いうわけで今回はライトノベルを読んでみました。

少し前に『白蝶記』(著:るーすぼーい、ダッシュエックス文庫 全三巻オススメ!)を読んで以来、読書は小説のほうに傾倒していたので久しぶりのライトノベルです。

ちなみに、ライトノベルと小説の違い』が度々話題になりますが、私個人としては所詮レーベルの違いでしかないと思っています。

ラノベは文章が拙い」、「ラノベは内容が薄い」という批判的な意見も見かけますが、そんな簡素な一言で片づけられるほどライトノベルの世界は狭くない、というのが私見です。(もちろん、そういった作品が無いわけではありませんが……)

どちらにしても面白い作品は面白いですし、つまらない作品はつまらない。

『読書』という行為に求める事柄が人によって千差万別である以上、一概には言い切れない部分はありますが、出来る限り物語そのものと真摯に向き合っていきたいものです。

もう少し踏み込むと『物語の背景に作者の思想を感じるものが小説』、『物語がその世界の中で完結しているものがラノベ』と考えていたりするのですが……蛇足ですね。

 

話が逸れました。

前振りが長くなるのが半ば恒例になってしまっている気がしますが、気を取り直しまして……。

それでは、本題です!

 

片隅で感想文04:『リンドウにさよならを』著:三田千恵

 

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            ↑リンドウの花を手にした美咲が表紙を飾る

 

前述の通り、本コーナーでは初めてのライトノベル作品となります。

今作はエンターブレイン主催の第18回えんため大賞エンターブレイン関連のライトノベル、コミック、ゲーム...etcの新人賞)ファミ通文庫部門にて優秀賞を受賞三田千恵先生のデビュー作品です。

私はTwitterファミ通文庫の公式アカウントをフォローしているのですが、そちらで宣伝されているのを見て購入した次第です。

 

まずはあらすじから。

 

密かに想いを寄せていた女子生徒、襟仁遥人を自殺から救うために身代わりとなって

死んでしまった主人公、神田幸久。

学校に取り憑く地縛霊として彼が目を覚ますと、既に二年の月日が経過していた。

自分が死んでしまった事に未練も後悔もない幸久に訪れたのは、

目的も無く、誰からも相手にされない退屈な日常。

しかしある日、クラス内で執拗ないじめを受けている女生徒、

穂積美咲だけが彼の存在に気付く。

立場は違えど、クラスの中で外れた存在である二人は次第に心を通わせていく。

少しづつ変わっていく美咲の境遇。徐々に明かされていくあの日の事件。

その先に待ちうける真実とはー。

 

 

……といったところでしょうか。

今回も極力ネタバレを避けて簡単に感想を書きたいと思います。

内容としては、主人公が地縛霊というファンタジー要素はあるものの、全体的には王道学園青春モノと言って差し支えないでしょう。

幽霊といじめられっ娘という周囲の人々から隔絶された二人が、二人だけの秘密の場所で心を通わせていくという構図は非常に甘酸っぱく、「これぞ!青春モノだ!」という気持ちになりました。

いじめられっ娘でありヒロインの穂積美咲が主人公へと惹かれていくプロセスがいささか性急に思えましたが、このあたりも後々しっかり回収されるのでスッキリです。

 

さて、本作の構成についてですが、二つの謎が物語の主軸となっています。

一つ、『なぜ神田幸久は成仏出来ないのか』

二つ、『なぜ襟仁遥人は自殺しようとしたのか』

一つ目の謎に対して、幸久は「あの時、遥人を救うことが出来なかったのが未練になっているのではないか」と考えます。そこで幸久は、遥人と似たような境遇に身を置く美咲を孤独から救い出すことで後悔を払拭できるのではないか?という思いから、美咲の学校生活(テストだったり、文化祭だったり......)を支えることを決めます。

この学校生活を送る中で徐々に二つ目の謎『なぜ遥人は自殺したのか』のディテールが開示されていき、事件の全容が次第に見えてくる仕組みです。

序盤のちょっとした仕草にも丁寧な伏線が張られており、それらを最後にきっちりと回収するので読後感も良好です。

 

しかし、とある登場人物がこの作品のメカニズムを成立させるためのキャラ付が強く、少し感情移入しにくかった部分もありました。(流石に論理破綻まではいきませんが)『物語のなかで生きている』という感じではなく、『構成のために動いている(存在している)』感覚……とでも言えば良いでしょうか。(上手く言えぬ……

まあ、所詮些末事です(笑)

 

自殺、いじめという重い要素を抱えながらも、終始爽やかな読み味で非常に読みやすい作品でした。

このあたりは作者さんの力量だと思います。

 

果たして幸久は成仏できるのか。

なぜ遥人は自殺しようとしたのか。

美咲は孤独から脱却できるのか。

 

そして、『リンドウ』とは何を指しているのかー。

 

是非とも自らの目で物語の結末を確かめてみてください。

良い作品でした。面白かったです。

足早になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

@またまた徹夜明け、目蓋をこすりながら。わさび

片隅で感想文03:『虐殺器官』

こんにちは。

本日もくーねるわさびです。

 

さて、前回の記事でも触れましたが

ついに『Project Itoh』の最終作となる虐殺器官が劇場公開されました。

私もようやく劇場に足を運ぶことができましたので、感想文をしたためてみたいと思います!

 

なお、映画鑑賞前に原作を復習することが出来ましたので、原作と劇場版の差異についても少し言及したいと思います。

(*注、本項ではネタバレが含まれているため、鑑賞後の閲覧を推奨します。)

 

 

……準備はよろしいでしょうか?

それでは本題です。ゴッドスピード<神のご加護を>

 

虐殺器官著:伊藤計劃

 

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↑パンフレットも買っちゃったぜ

 

伊藤計劃氏の作品は今までに

『harmony/』(小説&劇場版)

屍者の帝国(小説&劇場版)

The Indifference Engine 伊藤計劃短編集』

を読了、鑑賞済みです。

屍者の帝国原作に関しては以前100ページ程度読んだのですが、円城塔氏の文章が私には合わず、積ん読状態になっています……。(いつか読まねば

 

では、いつも通りあらすじから……

 

舞台は近未来。9.11以降散発するテロリズムの脅威に対抗するため、

先進諸国は徹底された管理体制へと移行していた。

米軍の特殊部隊、情報軍特殊検索群i分遣隊に所属する主人公クラヴィス・シェパード。

彼らに与えられた任務は『紛争地帯への潜入と要人の暗殺』だった。

幾度となく戦場へと身を投じる中、

ラヴィスは紛争地帯を渡り歩く1人のアメリカ人の存在を知る。

訪れた先で虐殺を巻き起こす謎の男。虐殺の王、ジョン・ポール。

一体ジョンはどのようにして虐殺の引金を引くのか。その目的はなんなのか。

そして、虐殺の器官とは。

『虐殺の王』の影を追い、クラヴィスチェコの首都プラハへと向かうー。

 

本作のジャンルは端的に言ってしまえば『近未来SF』になるのでしょうか。

もちろんその一言だけで片付けてしまうのは些か心苦しいものがあります。

濃密なミリタリー描写はさることながら、『虐殺器官』という謎を究明していくミステリ性現代社会に対する冷徹なまでの客観。凡百の言葉を連ねたところで、今作の魅力を正確に伝えることは難しいでしょう。

 

原作と劇場版の相違点

前述の通り、本作は非常に見所の多い作品です。

劇場版鑑賞前から「これだけの要素を約2時間の尺に詰め込むのは難しいだろうなぁ……」と思ってはいたのですが、やはり映画化するにあたって所々マイナーチェンジされている部分がありました。

あくまで私が気付いた範囲になるのですが、原作と劇場版の相違点について書いてみたいと思います。

 
・冒頭の侵入鞘(イントルード・ポッド)射出シーンのカット

後半にも侵入鞘による出撃シーンがあり、そちらの方がアクションシーンとしても映えそうだったので個人的には削られるシーンの最有力候補でした。案の定削られていましたね。

ミリタリ好き、メカ好きの人は冒頭のこのシーンで一気に心を鷲掴みにされること間違いなしなのですが、ここら辺は仕方がなのかなぁ……と。

 
・モノローグの補足

本作は主人公クラヴィスの主観で物語が展開していくのですが、その性質上ストーリーで重要な要素がクラヴィスのモノローグの中で語られることも少なくありません。

モノローグは映像化するにあたって難しい要素の一つだと思うのですが、本作は巧い事それを映像に落とし込んでいたという印象です。

例えば冒頭部分、最初の任務遂行シーンですが、実は原作だと作戦司令部の描写は一切ありません。劇場版ではこの作戦司令部の描写を挟むことで作戦の背景(例えば大統領行政例一二三三三号:要人暗殺の禁止令など)の説明が為されていました。

また、同シーンでクラヴィスは作戦司令部に対して文章による現状報告をしますが(この時のマウスピースで文字を打ち込むシステムが格好良かった)、敵地で流れる『月光』の旋律を聴いたクラヴィスは、詩的な文面(原作ではモノローグとして描かれている)でその様子を作戦司令部へと伝えます。作戦と不釣り合いなほど洒落た文面をみた司令部の人々は「文学部君が……」という言葉とともに彼を鼻で笑うのですが、このシーンを差し込むことによって『クラヴィスには文学的な教養がある』という説明を行い、以降の言葉にまつわるやりとりに対して説得力を持たせています。

劇場版ではこういったモノローグに対する補足が随所にみられ、原作の雰囲気・流れをを極力再現しようという製作陣の気概を感じました。

 
・クラヴィスが抱える『地獄』の描写を全面カット

今回の映画化で最も評価が分かれる部分がこれではないでしょうか。私自身、ここを削ることは絶対に不可能だと考えていました。

劇中冒頭、クラヴィスの同僚アレックスは自らの頭を指差し「地獄はここにある」という言葉を残します。

無神論者であるクラヴィスをはじめ、同僚たちはその言葉について深く触れません。

しかし、実はクラヴィス自身がこの自らの脳内に広がる『地獄』に苦しめられており、それが今作を語る上で大切なポイントになっています。

そしてクラヴィスがこの地獄を抱えるキッカケになったのが母親の死、なのですが……劇場版はこれも全面カット

これらの描写を削ったおかげで展開が違う場面が多々ありました。

例えばアレックスの死因。劇中でアレックスは錯乱し、ラヴィスの手で射殺されてしまいます。

しかし、原作ではアレックスは自らの『地獄』と向き合い続けた結果、自殺という手段での贖罪を選びます。

この自らの罪に対する向き合い方と償いはクラヴィスへの問題提起となり、後々までクラヴィスの中にしこりを残すことになるわけですが、劇場版ではあまりにアッサリとアレックスが死んでしまうために彼の発言自体の重みも無く、あたかもモブキャラのようなぞんざいな扱いになっていました。

次にラヴィスのルツィアへの執着心。これは劇場版が初見だという方も少し違和感を感じた部分かもしれません。

簡潔に言って仕舞えば、ラヴィスがルツィアに惹かれる描写が余りにも乏しすぎる

原作において、クラヴィスがルツィアに惹かれた一番の理由は『お互いに死者に対する赦される事のない罪を持っている』からであって、決して話が合うからだとか、美人だから(ちなみにルツィアはあまり美人ではない設定)という表面的な理由だけではありません

同じ境遇にあるからこそ、ルツィアならば自分の罪を理解し、赦し、罰してくれる。クラヴィスはある種の救いを求めるからこそルツィアへの執着心を高め、それがいつしか作戦の目的にすり替わっていくわけです。

しかし、劇場版ではクラヴィスが抱える『地獄』の描写をカットしたために、このクラヴィスの執着心に対する説明不足が否めません。

そして説明不足ゆえに後半の作戦シーンでクラヴィスがルツィアを重要視することに違和感を感じてしまう。

原作でカフカの墓案内を申し出るのはクラヴィスなのですが、劇場版ではルツィアのほうから誘う形になっていたのもこの辺りの改変の余波なのかもしれません。(ルツィア側がクラヴィスに惹かれているという描写を入れたかったための改変に思えた)

クライマックスのセリフに関しても、少なくとも私は違和感を覚えました

その言葉を使うには、あまりにもラヴィスの心理描写が不足しすぎている。

……否定的なことも沢山書きましたが、私はこのシナリオカットは英断だったように思います。

もちろん「この劇場版をみて『虐殺器官』の本質を味わうことが出来るか」と聞かれれば私は当然「いいえ」と答えます。

 しかし、この『虐殺器官』という作品の本質に触れる部分を避け、エンターテインメントとしての側面を強めた劇場版の『虐殺器官』はカッコいいSFミリタリー作品としての魅力を十分に引き出すことに成功しているように思います。

パンフレットにて村瀬監督がおっしゃっているように、究極的な本質の部分は伊藤計劃氏しか知りえません。ならばこそ、本質を楽しみたい人は伊藤計劃氏の書き上げた文章から直接受け取り、その内容を咀嚼するべきなのでしょう。

 
・インド・パキスタン国境任務シーンの改変

原作ではインド側にあるベースキャンプのシーンがあるのですが、劇場版ではフライングシーウィードからの出撃シーンから始まっていました。ここらへんも尺の都合でやむなしと言ったところでしょうか。

ちなみに劇場版ではターゲットを回収した直後、回収機が敵部隊のヘリに撃墜されて敵部隊との交戦になりますが、原作では回収完了後の護送列車が襲撃されて交戦状態に突入するかたちになっています。

他にも細かい差異はありますが、大きな違いはこの辺りでしょうか。

そういえば、なぜルツィアのファミリーネームがシュクロウプからシュクロウポヴァに変わっていたんでしょうね……

 

感想

感想、なんですが……

これが非常に難しい!

前述の通り、この作品は語りつくせないほどのあらゆる魅力であふれています。

軍事サスペンス作品としての側面もあれば、クラヴィスという人間の葛藤を描いた文学作品でもある。

圧倒的なリアリティで構成された未来像は現代社会への風刺の意味合いも強く、読後にはどこか居心地の悪さすら感じます。

この作品を創り上げる中で、伊藤計劃氏は一体何を想っていたのでしょうか。

作中でジョン・ポールは『言語』という器官を用いることで『人間の良心』をマスキングし、虐殺を引き起こします。

この『良心』に始まり、氏が追求したかったのは『人間というハードウェア』そのディテールなのではないかと思えてなりません。

作中でこの『良心』は生物学的なアプローチから、進化の産物であるという事が示唆されます。ロジカルな視点から語られる人間の『良心』。そこには宗教的な高尚さも、精神論的な胡散臭さもありません。人間というハードウェアに備わる『良心』という確固たるモジュールの存在、その証明こそが今作を書きあげた目的の一つなのだと思います。(そしてモジュールに過ぎないからこそ、良心はその機能をたやすく停止してしまうわけですが)

虐殺器官』で『良心』というモジュールの存在を証明した氏は次作『harmony/』にて息苦しいまでの優しさで満ち溢れた社会を描き、『良心』よりももう少しだけマクロな『意識』というシステムと向き合うことになるのですが、その姿勢は変わらず、徹底的なまでの論理的思考によってそのメカニズムを解剖しています。

病床に伏していた氏だからこそ、医学だけでは解明できない人間のディテールに思いを馳せていたのかもしれません。

 

少しばかり話が逸れました。

 

作品自体の感想に戻りますが、実は劇場版『虐殺器官』でどうしてもしっくりこない描写が一つだけあります。

それはクラヴィスとジョンの会話シーンでジョンの言葉が即効性の魔法のように描写されている点です。原作でもジョンの言葉にあそこまでの強制力はありません。

彼が発見した虐殺の文法によって励起される虐殺のモジュールは、あくまで社会的にその機能を発揮するモジュールであって、個々人のレベルで発現するモノではないという事は文中でも説明されています。

それが劇場版では意味ありげな指パッチンと共にラヴィスの意識を奪ったりします……お前はどこぞの封印指定の絶対言語使いか。

 

それ以外は前述の通り、映像化に伴う内容の簡略化は為されていたものの素晴らしい映像化だったと思います。

 

さてさて……無い知恵を絞りつつここまで書きあげてきましたが、

お察しの通りそれも限界を迎えようとしています

とにかく私のチープな言葉で語るには、この作品はあまりに繊細で緻密過ぎます。

小難しい言葉を繰るのはもうやめましょう。

 

是非とも読むべき一冊です。

 

これほどまでに優れた物語と出会えたことに感謝を。

この読書体験は間違いなく人生に一石を投じるものになります。

素晴らしい作品です。超絶オススメ。

 

 

 

尻すぼみになった感が否めませんが、

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

@知恵の絞りかすと化したわさび