ほっじぽっじすてーしょん

広く浅い、多趣味野郎の時事録

夜迷言『ファインダーの中の自分』

 こんばんは。

 お久しぶりです。生きてました。わさびです。

 

 年初めに記事を更新してから、なんと7ヶ月が経過してしまいました。

 駆け足というにはあまりに緩慢で、忙しいというにはあまりに怠惰な日々を消費していたら、生きていくにはあまりにも辛い平成最後の夏が過ぎ去ろうとしています。

 

 本当だったら『片隅で感想文』の記事を更新したいところですが、今日はなんだかダウナー状態。吐き出したい気持ちが行き場を失い、ぐるぐると頭の中で迷走しているので、これを少し形にしてみようかと思います。

 

 そんなわけで、今日の記事は『夜迷言』

 久しぶりの更新のクセに楽しい話ではないです。身になる話でもないです。無駄に長いうえに、ひょっとしたら中身も無いかもしれません。ブラウザバックしたほうが健康的な夜を過ごせると思います。

 これは世と夜に迷う1人の鬱屈。

 それでもよろしければお付き合いください。

 

『ファインダーの中の自分』

 

 年相応の人間がそこに居た。

 なんてことはない、友人達との記念写真。雄大な山々を背景に、満足げな笑みを浮かべる4人。その中の1人。

 青青しく夢を語る若さとは遠く、威厳という言葉を支えるほど年を積み重ねていない、年相応の独り。

 それは他でもない『自分自身』の姿。ファインダーの中に写る自分は、毎朝鏡で見る自分の姿よりもずっと大人びて見えた。

 

 友人たちと旅行に行ったとき、私はおおよその場面で写真を撮る側になる。

 私自身、写真を撮るのが好き(というよりも記録を残すのが好き)というのもあるけれど、なにより『楽しかった時間の証』を曖昧な記憶だけではなく鮮明な写真として切り取っておきたいという思いが強いから、私はひたすらにシャッターを切る。スマホのカメラでも、一眼でも、切り取りたいと思った瞬間に出来る限り写真を撮る。

 何気ない会話の最中だとか、ちょっとしたタイミングで自然体の写真を撮ろうとすると友人達は冗談めかして「盗撮すんなよ~」と言うけれど。私はかまわず写真を撮る。

 何気ない一瞬が、後々に掛け替えのない一瞬になることを願って。下手くそだろうがなんだろうが、とりあえず写真を撮る。

 そうしていつも撮影側に徹しているものだから、当然のごとく『自分自身が写っている写真』は少ない。色々なところに行き、山ほど写真を撮っているのにも関わらず、自分自身が写っている写真は数える程度しかない。客観的な視点から見た自分の姿を、私はよく知らないのだ。

 だから今回、写真の四角い枠に収まった自分の姿を見た時、私の胸中に渦巻いたのは「よく撮れてるじゃん」だとか「これはいい思い出になるぞ」といった幸福感ではなく、「ああ、もうこんな年齢なんだな」という焦燥感だけだった。

 見た目はしっかりと年齢を積み重ねていた。気が付かないうちに。ゆっくりと。私は間違いなく大人になっていた。

 しかしどうだろうか。大人になった外見とは裏腹に、私の内面に広がる空虚な部分は際限なく膨らみ続けている。消費していった日々とは裏腹に、手の届かなかったモノに対する寂寥感は増し続けている。私自身それを自覚している……はずだった。

 今回、私は写真という形で客観的に自分を見つめた。しかし、それは底知れぬ深淵に松明を放り込むような行為だった。

 明かりは端まで届かない。落下した松明がたてる音も聞こえない。いつか、何かで満たせると思っていた空虚は私が想像していたよりもずっと暗く、途方もなく深くなっていた。

 私は自分で思っているよりもずっと空虚だった。

 

 友人たちと写真を撮ったその夜、私たちは酒を飲みながら自分達の悩みについて相談し合った。

 ……と言っても結局私は聞き役に徹するだけに留まった。いや、「留まった」というよりは「相談する勇気を持てなかった」と言ったほうが正しいかもしれない。

 話したい悩みが無いとか、友人たちが信頼できないだとかそういった理由では断じてない。私は独りでかなり悩むタイプだということは自覚しているし(少なくともこんなブログの中でしか吐き出せないくらいには)、友人たちはこんな自分には勿体ないくらい素晴らしい存在だと思っている。彼らも人間だから当然欠点(あくまで私から見た)もあるけれど、それを考慮してもなお尊敬すべき人物達である。本当に、自分なんかには勿体ない。

 にも関わらず相談しようと思えないのは、単純に自分自身のことを明確にリアルタイムで言語化するのが苦手だからというのもある。軽薄な言葉はつらつらと口先から滑り出てくるけれど、伝えたい大切な言葉はあまりに重く、口にするよりも飲み込んでしまうほうが楽なのだ。

 しかし、そんなのはあくまで出力方法の問題だ。口頭で伝えられないのなら、こんなふうに自分の納得できる形で出力できる文章で伝えればいいだけだ。

 結局のところ、信頼できる友人たちに相談できない本当の理由、根本的な理由はあまりに自分自身が軽すぎるからだと思う。

 悩みをぶつけるという行為は自分そのものを相手にぶつけるということと同義だ。だからこそ人は「この人なら自分を受け止めてくれる」と思った人に悩みを相談する。友人達がそういう対象として自分を見てくれていることは素直に嬉しい。光栄だ。

 では、逆の場合はどうだろうか。あまりにも自分自身が脆弱で「この人にぶつけたら自分自身が壊れてしまう」と思った時、相談できるだろうか。私は出来ない。

 それもきっと下らない、取るに足らないちっぽけな矜持だとか意地があるから『自分自身を壊せない(壊してもらえない)』のだと思う。自分があまりに弱く、臆病な存在だから、自分自身を曝け出すことが出来ないのだと思う。

 「これを言ったら失望されるのではないか。」

 「これを言ったら彼らの中の自分が崩れ去るのではないだろうか。」

 「こんな大したことない悩みを言ってどうなるんだ。」

 私は弱い自分を守るために、弱い自分のことを相談出来ないのだ。

 友人たちは仕事の悩みだとか人生観について語っていた。思ったような仕事が出来ないこと。そんな中でもやりがいを感じる時があること。自分の人生の未来(さき)のこと。

 それは紛れもなくどこかに向かって歩き続けている人が持っている輝きだった。疲れた足を引きずって、時には苦しい思いもしながらじっと目的地を見据え、『自分』を生きている輝き。底なしの暗闇で膝を抱えて独り蹲っている私には無い輝き。あまりにも眩しすぎる輝き。

 知らず涙がこぼれだしていた。悩みを相談していたはずの友人は驚いたかもしれない。実際驚いたと思う。だっていい年をした大人が、酒を飲んで日々のことを愚痴り合う中で突然泣き出したのだから。自分で書いていても情けない奴だなと思う。

 でも、どうしても涙が止まらなかった。とにかく悔しかった。なぜ自分はその輝きを持っていないのか。なぜ自分はこの会話に胸を張って入っていけないのか。なぜ自分は友人の悩みを笑顔で受け止めてあげられないのか。なぜ自分はこんなにも弱いのか。

 みっともなく鼻水を啜る音の向こうで友人たちが気を遣ってくれていた。

 「こいつは結構一人で抱え込むから」

 「(私の名前)はどこに行っても上手くやってけると思うけどな」

 「応援してるんだよ」

 曖昧だけど大体こんなことを言ってくれていたと思う。とにかく私は涙を止めるのに必死で、きっと自分が覚えていないだけでもっと沢山の言葉をかけてくれていたのだろう。本心ではドン引きしていたかもしれないけれど、こうして気遣ってくれる友人を持つことができて本当に幸せだと思った。それがなおさら惨めだった。

 励ましてくれていることは本当にありがたかった。こんなところで、しかも文章でしか形に出来ないけれど、いい友達を持てて良かったと思う。しかし、そんな励ましの言葉がどうでもよくなるくらい、私は私自身があまりに情けなかった。いくら止めようとしても涙は一向に止まらなかった。一筋の流れ星が、滲んだ夜空を流れていった。

 

 いま、4人で撮った記念写真を改めて見返している。

 雄大な山々をバックに満足げな笑顔を浮かべる4人。年相応の4人。大人になった4人。

 彼らの笑顔の下にも空虚は広がっているのだろうか。その空虚を抱えて、彼らは大人として『自分』を生きているのだろうか。

 

_______________________________________________

 

あとがき

  よくぞこんなクソ長文を最後まで読んだな!

 一部からは苦行、激痛(げきイタ)とも呼ばれる

『わさび文検定5級』相当の難行の突破、褒めて遣わす!

 出来れば見て見ぬふりをしてブラウザバック!

 目薬を差して目の疲れを癒し、クソして寝るがよろし!

 次回の挑戦を待っているゾ!!

 

 

 ……とまあ適当な言葉(文章)はスラスラと出てくるんですけどね。なかなか難しいところです。面倒くさい人間だなぁと思います。

 『酒を飲んでいたから』という逃げ口上は嫌いなのですが、記憶にある限りのありのままの様子を言葉として形にしました。自分自身、どうしてあのとき涙が止まらなくなったのかよく分からなかったのでモヤモヤしていたのですが、こうして形に出来たので少しだけスッキリしました。ようするに「惰性で仕事する(生きる)のって辛いな」って話です。

 卒業以降、友達と飲んだ後に泣くことが増えたのですが、ひょっとしたら泣き上戸の才能があるのかもしれません。……めちゃくちゃ面倒な酒飲みだな。一緒に酒飲みたくないって言われても仕方ねぇぞ。

 

 さて、久しぶりの更新なのにネガティブな記事でスイマセンでした。こういう文章になると突発的に書きたくなるあたり、やはり私は明るい気持ちでは文章が書けない性質なのかもしれません。

 今回の話は記事にするのを少し躊躇しました。それこそ件の友人達が当ブログを読む可能性も大いにあります。「コイツめんどくさっ!」と思われて遊びに誘って貰えなくなるかもしれません。

 しかし、とある作品に背中を押してもらったので思い切って記事にしちゃいました。なりたい自分に少しだけ近付こう。とりあえず文章を書こう……と。

 もし読んじゃったなら見て見ぬフリをしてね☆@友人各位

 素敵な作品には色々と触れているので、『片隅で感想文』もそろそろ更新したいと思っています。……思っています。(重要)

 これからもなんとなく心にくる出来事があったときは『夜迷言』として更新、もとい吐き出します。「ああ、こんな人間も居るんだな」程度に、珍獣を見るつもりでどうぞ。

 

 いつもどおり(7ヶ月ぶり)に次回更新は未定。次の記事更新が『新年の挨拶』にならないようにするのが今年の目標です。(おい

 それでは。

 

ー最後まで読んでいただき、ありがとうございました。-

 

 @久しぶりによりもいを観てガン泣き、わさび 

新年のご挨拶

 遅ればせながら。

 新年、あけましておめでとうございます。わさびです。

 

 書きたいことは色々とあるのですが、今回はちょっとだけ真面目に昨年を振り返らせていただきたいと思います。

 

 このブログを開設したのが2016年の7月。それから半年ほどの放置期間を置きまして、本格的に記事更新を始めたのが2017年の1月。今から1年前の出来事です。

 ブログを書き始めた理由はそれこそ色々あります。受動的にコンテンツを消費するだけの自分を変えたいだとか、心の中のもやもやをしっかりと言語化して自分のものにしたいだとか……挙げはじめればキリがないほどに。

 そんな自分でも把握しきれていない混沌とした感情をもとにこのブログを始めたわけですが、気付けばこの1年間で書き上げた記事は35本総PV数は3300ほどになっていました。

 ……自分で言うのもなんですが、決して多くはありません。記事の内容にしてみても

 「ここの日本語がおかしい」

 「文章量に対して中身が伴ってない」

 「結局なにが言いたいんだコイツ」

 などなど、思うところはたくさんあります。自分で読み返してみてこれだけ未熟な部分が目につくわけですから、読んでいる方々はさらに首を傾げながら読んでいることでしょう。これに関しては自身の至らなさを痛感するばかりです。

 しかし、そんなよくわからないブログでも1日に10人前後の方が訪れてくださるという事実はこの上ない励みになりました。なかでも、このブログの読者になってくださった方、記事にいいねを付けてくださった方からはとてつもない元気をいただきました。間接的、かつ今更ではありますが、この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。(これからもよろしくお願いします。)

 先ほど1日に10人前後が訪れるとは言いましたが、訪れた全員が全文に目を通してくださっているということはまずないでしょう。ご覧の通り未熟な文章です。ひょっとしたら冒頭部分を読んでブラウザバックする人が大半かもしれません。

 それでも、

 「誰かが目を通してくれるかもしれない」

 「誰かが楽しんでくれているかもしれない」

 「誰かが記事更新を待ってくれているかもしれない」

 そう思える環境、コンテンツを自分自身で創ることができたというのはこの1年で得た掛け替えのない成果だと思っています。

 まだまだ未熟ではありますが、これからも少しずつ記事の種類も増やしながら気楽に気ままにこのよくわからないブログを更新していく所存です。

 これからの一年も暇つぶしがてらお付き合いいただければ幸いです。よろしくおねがいします。

 

 駆け足になりましたが、今回はこのあたりで。

 ここ最近『片隅で感想文』の記事を更新できていないので、次回は久しぶりに更新するかもしれません。

 去年後半、無気力状態だったころに読んだ本の感想なども改めて書ければいいなと思っています。

 次回更新は未定。それでは。

 

ー最後まで読んでいただきありがとうございましたー

 

@アズレン面白い わさび

2017年、個人的に良かったアニメを挙げてみる(秋編)

 こんにちわ、2017年もラストスパート。

 半泣きでキーボードを叩いています。わさびです。

 前置きで書きたいことも特に思い浮かばないのでさっそく本題にいきますよ。(雑)

 ※今回の記事は連続企画です。よろしければ↓コチラ↓の記事もどうぞ!

hodgepodge.hatenablog.com

hodgepodge.hatenablog.com

hodgepodge.hatenablog.com

 

2017年、個人的に(中略)秋編

 アツい夏も終わり、ついに季節は秋。

 2017年を締めくくる秋はどんな作品が良かったのか。振り返ってみましょう。

 

劇場版Fate/Staynight Heaven’s Feel

www.fate-sn.com

 冬編と同様、初手は劇場アニメから紹介。(※なお、私は原作者・奈須きのこファンなので本項は信者補正がかかっている可能性があることをご了承ください。)

 近頃人気のソーシャルゲームFate/Grand Order』など、あらゆる派生作品が存在するFateシリーズ至高の原点作品『Fate/Staynight』。その中でも唯一映像化されていなかった最後のルートを映像化した今作。

  TYPE-MOONファンが長く待ち望んでいた映像化ということもあり、鑑賞前から期待値が大幅に上がっていましたが、今作はその期待値をしっかりと越える仕上がりになっていました。

 制作は美麗なアニメーションで名高いufotable。CGと作画が織り成す超絶映像は今作も健在……どころか劇場版クオリティでさらに磨きがかかっています。戦闘シーンはもちろんですが、背景のリファインが恐ろしい。同スタジオが制作した『Fate/Zero』、『Fate/Staynight [UBW]』と舞台を同じくする本作ですが、背景が備える情報密度がそれらの作品とは段違いです。(この2作も背景美術は素晴らしい出来だったんですが、それをさらに越えてきました。)とくに路地裏は『空の境界』の頃を思い出す「絶対に立ち入りたくない路地裏感」が非常に良く出ており、これぞufotableの背景だ! と無駄に感動してしまいました。

 一番の注目シーンはランサーとアサシンの一騎打ち。フルCGで作り上げられた冬木市街を舞台に繰り広げられる大迫力の戦闘作画は一見どころか百見の価値アリ。

 音楽はこれまた安定の梶浦由記さん。最高にキマってます。

 ストーリーに関してはもちろん言うことなし!

 ……と言いたいところですが、初見の方にはわかりにくいのではないだろうか、という印象。Fateシリーズ定番のシーン(いわゆる共通ルート部分)を大胆にカットするなど、他のルートの内容を知っていることが前提となっている作りになっています。まあ、信者には関係ないですけどね!

 これに関しては『Heaven's Feel』という長編ルートを劇場3部作という尺に納めなければならない事情を鑑みるに、仕方ないアレンジだと思います。あるキャラクターに関しては原作以上に掘り下げられており、制作側の作品に対する愛情を感じます。

 まあ、なんにせよとりあえず原作をやろう話はそれからだ今ならPSvitaでもスマホでもプレイできるしFGOで排出が渋いガチャに金をかけるくらいなら原作をプレイしたほうが(この発言はディ〇イトワ―〇スに消されました

 

 とりあえず是非とも観て欲しい一作です。

 

ネト充のススメ

TVアニメ「ネト充のススメ」公式サイト

  ネト充のススメ。原作は漫画。

 仕事を辞め、ニートになった三十路女森岡盛子が充実したネトゲライフを送るというラブコメストーリー。

 普段ジメジメとしたオタクライフを送っている身としては、必要以上にオタクライフを美化する作品を観ると宮本武蔵に挑発された愚地独歩のような形相になってしまいます。しかし、本作は適度にネト充ライフの負の側面も描いており、ネトゲライフを楽しむネト充っぷりと退廃的な生活を送る主人公の自己嫌悪が良いバランスで描かれていたと思います。

 主要キャラの二人が繰り広げるぎこちないやりとりは観ているコチラが思わずニヤニヤしてしまうような純情っぷり。過剰にドラマチックな演出になっていないのも好感が持てます。

 ラブコメにありがちな冗長的な引き伸ばしもなく、キメるところでしっかりとキメてくれるので、

 「そこは攻めるべきだろ! このチキン野郎!! 」

 とならず、ストレスフリーで観ることができました。

 物語の展開に意外性はありませんが、それだけ安定した内容になっているので最後まで期待通り(良い意味で)の面白さが続いた作品でした。

 作画に関しては怪しい部分もありましたが、さほど気にはなりませんでした。なんというか、力を抜ける場所でちゃんと抜いているという印象。

 OPテーマの『サタデー・ナイト・クエスチョン』も作品に合った曲調でとても良い。中島愛さんといえば『マクロスF』のイメージが強いですが、やっぱり良い声してますよね。

 突出した輝きがある作品ではありませんが、終始安定感のある良質なラブコメ作品でした。

 

Infini-T-Force

 原作はアニメ……でいいんでしょうか?(漫画版もある)

 ガッチャマンキャシャーンなど、数々のヒーローアニメを世に送り出してきたタツノコプロ55周年記念作品。フルCGアニメーションです。

 特異点と化した世界に4人のヒーローが集結し、数多の世界を滅ぼし続ける謎の男Zと戦いを繰り広げるというストーリー。

 作品の垣根を越えたスーパーヒーロー達の夢の競演!

 ……なんですが、実は私はタツノコ系列の作品をしっかり観たことがありません。流石にガッチャマンキャシャーンテッカマンあたりは名前を聞いたことはあります(破裏拳ポリマーは初めて聞いた)が、各作品の内容はそんなに知りません。

 そんな私がなぜこの作品を観ようと思ったのかというと、キャラクターデザインに大暮維人先生が居たからです。『エア・ギア』、『天上天下』など、緻密かつスタイリッシュなデザインでお馴染みの大暮先生が絡んでいるなら、観る以外の選択肢はありえません。

 そんな経緯があったので、正直視聴前は楽しめるかどうか不安でした。そんな不安も全話観終わった今となってはただの杞憂だったわけですが。

 まずは物語に関して。アツい。

 最近の作品だとちょっと捻くれた正義感や背景を持つ(ダーク)ヒーローがよく描かれている印象がありますが、そんな変化球揃いの界隈に現れた(というか戻ってきた)剛速球どストレート。小手先の理屈なんていらない、助けたいから助けるというヒーローらしいヒーロー。それがこんなにもカッコいいとは。

 今作の主人公は一人の少女なのですが、救われる側に視点を置いているというのが良いのかもしれません。ヒーロー達の古風な暑苦しさを鬱陶しく感じながらも、彼らの存在は確かに少女を支え、変えていく。そして最後には……。

 敵に関しても、ただ純然な悪として描くわけではないのが好印象。あくまで『敵』。

 理由なく悪事を働くのではなく、彼らなりの人間らしい目的が存在する。その結果、悪と呼ばれる手段を採っている。こういう描写を丁寧に出来ている作品は良作が多い印象がありますね。

 こうして振り返ってみると主要キャラを有名ヒーローで固めている分、敵グループの掘り下げに尺を使えているのかもしれません。十分な知名度があるため、ヒーロー側の説明は最小限になっていたように思います。私は本作をニコニコ動画で視聴していたため、コメントの捕捉で各ヒーローのバックボーンを知ることが出来ましたが、全くの初見で観ることを考えると説明不足な部分もあるかと思います。

 ストーリー以外にも「原作を知っていれば絶対にアツいだろうなぁ~ 」と思う場面がいくつもあり、原作を視聴していたほうがより楽しめるというのは間違いないでしょう。 

 映像に関しては『シドニアの騎士』、『蒼き鋼のアルペジオ』、春編で紹介した『正解するカド』などのセルルックCGとは異なり、いかにも普通のCGという感じです。(的確な言葉が見当たらない……)かといってリアル調でもない本作は1話の最初あたりでは多少の違和感を感じましたが、すぐに慣れました。

 CGアニメらしい豊富なカメラワークと美麗なエフェクト、長回しのワンカットで戦闘シーンはとても迫力があります。爆発音などのSEにも重厚感があり、ド派手な戦闘が引き締まって見えました。

 あとはヒーロースーツのリファインが素晴らしい。原作の古風なヒーロー像を残しつつ、現代風のカッコよさを兼ね備えたデザインになっています。

 ハリウッド映画のヒーローものとかもそうですが、レトロなデザインを今風にアレンジ出来るのってホントに凄いと思います。ディテールの問題かもしれませんが、ともすれば滑稽に映ってしまう全身タイツをなぜあそこまでカッコよく昇華できるのか……理解不能です(褒め言葉)

 なんだか長々と書いてしまいましたが、本当に良い作品でした。近々劇場版の放映も

あるそうなので是非とも劇場に足を運んで鑑賞したいと思います。

 このあたりで上映するかな……(ド田舎並感

 

※以下、追記作業中!

宝石の国

land-of-the-lustrous.com

 宝石の国。原作は漫画。今期で1番面白かったかもしれません。

 生物が宝石となった世界。彼らを装飾品にするため月から飛来する月人と宝石達の戦いを描くファンタジー作品。これまたCGアニメーションです(シーンによって作画もあり)。

 まずは映像について。とんでもなく美しいです。

 前述の通り、登場人物の身体は宝石で出来ています。

 風になびく髪も宝石。

 傷つき、割れ落ちる欠片も宝石。

 その宝石が持つ独自の光沢、透明感の表現に3DCGが見事にマッチしています。作画では到底出来ない表現……とまでは言いませんが(実際漫画版『宝石の国』のPVは作画アニメーション)、戦闘シーンなどでド派手な動きが求められる本作において宝石達の美しさを安定して表現するのはCGが得意とするところではないでしょうか。実際の鉱物を参考にして制作したという宝石達のCGモデルはそれぞれが異なる色彩で輝き、シンプルな色合いで構成された画面に華やかな彩りを添えています(個人的にはダイヤモンドの様々な色味が混じりあった光沢が好きです)。肩に当たる髪の毛の反射光など、ちょっとした部分にもCGならではの強み、こだわりが見てとれました。

 CGアニメはアニメらしさを強調するために大仰な動きを付ける印象がありますが、本作においても日常シーンなどにおけるコミカルな動きがなかなか面白かったです。

 宝石達の敵である月人も独特のビジュアル。仏教(?)をモチーフとしたデザインになっています(切断面が蓮の根のようになっていたり)。アニメも1周しただけですし、漫画版も1巻の試し読みをしただけなので明確なストーリーラインを追えている自信がないのが惜しいところですが、月人はいったいどのような存在なのか……謎が深まります。

 物語に関しては基本的にそんな感じです。とにかく謎が多い。

 いわゆるセカイ系に分類しても良いのでしょうか(有識者の方、どう思いますか)。起きている事象に対して具体的な説明が無いまま、宝石達の戦いが描かれていきます。こういった作品は『どうすれば問題が解決するのか』、『どうすれば物語が終わりを迎えるのか』といった物語の明確な目的が曖昧になりがちなため、目的以外で物語を牽引するだけのパワーを持ったなにかが必要になります。

 本作でそれを担っていたのはキャラクターでした。

 謎めいた独特な世界観にも惹きこまれるものがありますが、なによりもキャラが非常に魅力的。前述した外観の美しさはもちろん、様々な特徴を持った宝石達のやりとりが面白いです。シリアスなシーンは徹底的にシリアスな本作ですが、頻繁に差し込まれるコメディシーンがとても良い。ともすればシリアスな雰囲気をぶち壊し、どっちつかずの作風になって「なんだこれ? 」状態になってしまうと思いますが、この作品はその按配が絶妙。メリハリが出来ている……とでも言えばいいのか。どちらの魅力も損なうことなく、それどころかそのギャップが本作の不思議な魅力になっていました。

 特に印象深いのが8話から9話。主人公にとって大きな転換となるシリアス回の直後の回がコメディパートから始まりました。下手をすればシリアスの余韻を木端微塵にしてしまう構成。

 しかし、本作はアフターケアが上手い。コメディパートのあとにしっかりと主人公に残った傷を描いています。

 物語の中で悲劇が起こったあと登場人物が涙を流し、悲劇の余韻を解消するというのはよくある展開ですが、視聴者に感動(あるいは悲しみ)を与えるためには大切なプロセスとなります。しかし、悲劇的な出来事に涙が付随するのは当然ですが、涙で悲劇を回収しきってしまうのはあまりに安易な顛末に思えます。

 1人の人物が涙を流すということは、その出来事が人物の精神にそれだけ多大な影響を与えたということにほかなりません。だからこそ、悲しみの先で涙以外に残ったなにかを描写しなければ悲劇的な出来事が物語として活きてこないと思うのです。

 本作においては主人公が涙するシーンはありません(……でしたよね?)が、悲劇が主人公に残したものがしっかりと描かれています。それが浮ついていた主人公の骨子になり、物語の芯になっていく。悲劇的な出来事が物語として活きているのです。

 こういった物語上の構成がしっかりとしているため、シリアスとコメディの起伏がありながら芯の通った作品になっているのだと思います。

 

 ……最後のほうはなんだかよく分からない文章になっている気がしますが、気にしない方向でお願いします!!(おい

 『宝石の国』とにかく面白かったです。オススメ!!

 

Just Because!

justbecause.jp

 Just Because! アニメ原作(小説版もあり)。

 脚本は『さくら荘のペットな彼女』などで有名な鴨志田一、キャラクター原案が『月曜日のたわわ』で有名な比村奇石という豪華タッグ。(ちなみに私はどちらもしっかりとは見てません……)

 高校3年生の3学期、父親の転勤で昔住んでいた町に帰ってきた主人公、泉瑛太。進学先も決まっており、ただなんとなく最後の高校生活を過ごそうとしていた泉の前に現れたのは中学時代の親友と密かに想いを寄せていた女生徒だった。

 恋愛、進学、就職。人生の岐路に立った少年たちの最後の高校生活が始まる。

 というストーリー。

 作風としては夏編で紹介した『月がきれい』に近いです。もっとも、等身大の青春にパラメーターを極振りしたような作品だった『月がきれい』と比べると、コチラの作品はかなりドラマチックな作風という印象。

 恋愛モノに離別はつきものですが、死を連想しにくい若年層をモデルにした作品だと、転校、進路といった物理的に距離が生じるイベントが使われやすい気がします。

 ドラマチックな恋には大きな障害が必要です。その障害(ギャップ)を乗り越えるからこそ 

 

 

 

 

まとめ

 え! 少なくね!?

 と思ったかもしれませんが、

 すいません! タイムアップです!

 年越しの時間がきてしまったので内容よりも年内に更新することを優先したいと思います。楽しみにしている人なんていないとは思いますが申し訳ありません。

 他の良かった作品『宝石の国』、『Just Because! 』については年明けに追記しますので良かったらまた足を運んでいただけると嬉しいです。

 ※2018/01/09 追記作業中。今しばらくお待ちください。

 駆け足になってしまいましたが、恐らくこれが年内最後の更新になると思います。

 本格的に記事更新を始めてから1年間。あっという間でしたが楽しく記事を書くことができました。未だに文章が拙い私ですが、誰かに何かを発信するということに対する精神的なハードルは今年一年でだいぶ下がったように思います。来年も少しずつではありますが記事更新を頑張っていきますので、暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。

 今年も残り6時間。最後までよいお年をお送りください。

 それでは、最後はいつも通りの言葉で締めさせていただきます。

 

―最後まで読んでいただきありがとうございました。―

 

良いお年を わさび